JADT 日本外傷歯学会

歯の外傷治療ガイドライン
平成24年10月改訂
日 本 外 傷 歯 学 会

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目 次
はじめに
歯の外傷
歯冠破折
歯根破折
脱 臼
震  盪
亜脱臼
側方脱臼
陥  入
挺  出
完全脱臼 (脱落)
歯の外傷に伴う歯槽骨骨折
外傷歯の固定
文  献
外傷歯のアセスメント

[はじめに]

 歯の外傷は受傷歯のみならず、受傷者の口腔機能や審美性、心理面へも大きな影響を与える。したが って、保健・医療担当者は日頃から連携して、できるだけ多くの人々に歯の外傷とその予防、治療につ いての情報を発信する必要がある。
歯の外傷は1~2歳の乳幼児と7~8歳の学童に多発する傾向がある。前者は運動協調性の発達前期 にあたり、原因は転倒が最も多く、次いで衝突、転落、打撲と続き、多くが日常生活の中で発生する。 永久歯の外傷の原因もほぼ同じであるが、その背景には交通事故や暴行、スポーツなどがあり、日常的 な生活の中で発生するものはそれほど多くない。特にスポーツでは転倒や衝突,接触などの機会が常に あり、歯の外傷のリスクになっている。そこで、スポーツ関係者、中でも保健の担当者は、歯への衝撃 力を分散し、重篤な障害のリスクを軽減するマウスガードなどのプロテクターの使用を運動選手に勧め る事が望ましい。
歯の外傷では迅速かつ適切な対応によって、好ましい治療結果が得られることが多い。そこで一般の 人々にも応急処置や専門家による緊急処置の必要性を認識してもらうことが望ましい。一方、歯科医師 は何時でも適切な対応が行えるように準備しておかなければならない。すなわち、受傷した患者が来院 したら、直ちに診察・検査・診断し、外傷の内容と自身の訓練や知識、経験に基づいて治療や専門機関 への紹介などの適切な対応を行う責任がある。なお、原因となった事故により頭部、顎顔面等への外傷 や全身状態への影響が疑われる場合は医師による緊急処置を優先する。
受傷した患者の診察では、受傷部位の範囲と受傷の程度を的確に判断して正確な診断を行うために、 迅速かつ十分な医療面接を行い、次いで受傷歯について視診、エックス線検査、さらには触診、打診、 動揺度の検査を行う。治療計画は、外傷の程度だけではなく、患者の健康状態や発育状態を考慮して立 案する。なお、損傷が歯髄に及ぶ歯の外傷の場合、適切な初期対応によって歯髄と歯を保存できる場合 が多い。特に小児の場合には生体の治癒力が高いことを考慮し、できるだけ歯髄と歯を保存するように 心掛ける。また、歯の外傷では後に合併症が生じる場合が少なくないので、外傷の種類と程度に応じた 経過観察を実施する。
なお、このガイドラインは、歯の外傷の種類を定義し、それらの症状を説明するとともに、治療の目 的および標準的な治療法を述べ、一般的な予後を説明することを意図したものであって、医学・歯学の 教科書や文献に詳細に述べられているような特別な治療法を示すものではない。
また、本ガイドラインは平成20年8月に「外傷歯治療のガイドライン」として制定し、平成24年10月に「歯の外傷治療ガイドライン」として改訂した。

 

[歯の外傷]

歯冠破折

1)不完全破折(亀裂)

定 義:実質欠損を伴わないエナメル質の不完全な破折(亀裂)

診 断:歯の形態とエックス線写真には異常は認められないが、エナメル質表面に破折線を認める。 特に透過光下で明瞭に観察される

治療目的:歯髄の生活力を維持する

治 療:冷水痛がある場合にはエナメル質表面をレジンコーティングする

経過観察:1および3か月後に予後を確認する。その後、少なくとも1年間は経過を観察する 予 後:合併症は起こらない事が多い


2)露髄を伴わない歯冠破折

定 義:
 (1) エナメル質破折:エナメル質に限局した歯の実質欠損
 (2) エナメル質・象牙質破折:歯髄には達しないが、象牙質に及ぶ実質欠損

診 断:臨床的には形態が変化し、歯冠構造の喪失が認められる。破折面の Endodontic meter 値で30以下を示す。エックス線写真では通常、欠損部と歯髄腔の間に硬組織の介在が確認でき る

治療目的:歯髄の生活力を維持し、正常な外観と機能を回復する

治 療:
 ・破折片を接着するか、あるいは接着性レジン修復によって歯冠形態を回復する
 ・象牙質破折が重度のものでは水酸化カルシウム製剤で髄角部の間接覆髄を行ってから歯冠 形態の回復を行う

経過観察:1および3か月後に予後を確認する。その後少なくとも1年間は経過を観察する

予 後:露髄や脱臼を伴わない場合、合併症は起こらないことが多い。受傷後の迅速な診察と処置が 良好な治療結果をもたらす


3)露髄を伴う歯冠破折

定 義:露髄を伴うエナメル質・象牙質の実質欠損

診 断:臨床的には形態が変化し、歯冠構造の喪失が認められる。破折面の Endodontic meter 値で32以上を示す。多くの場合、破折面にピンク色の歯髄の一部が確認できる 治療目的:歯髄の生活力を維持し、正常な外観と機能を回復する

治 療:
 (1) 根未完成歯の場合
  ・局所麻酔下に、露髄の程度と露出した歯髄の状況に応じて直接覆髄法か部分生活断髄法、 あるいは生活断髄法を行う。そして、覆髄部を含めた破折面を封鎖性が確実なセメントか 接着性レジンで仮封する。破折歯冠片は水に浸漬し、冷蔵庫保管する
  ・1〜2か月後、仮封材を除去し、歯冠形態を回復する。歯冠形態の回復は2)と同じ方法 で行う

(2) 根完成歯の場合
 イ)露髄面が新鮮な場合(受傷後、概ね 24 時間以内のもの)
  ・(1) と同じ方法で治療する ロ)露髄面が陳旧性である場合
  ・抜髄または根管治療を実施する

経過観察:1および3か月後に予後を確認する。その後少なくとも3年間は経過を観察する 予 後:受傷後の迅速な診察と処置が良好な治療結果をもたらす

歯根破折

1)歯根破折

定 義:セメント質と象牙質、歯髄を含む歯根の破折

診 断:臨床的には受傷歯が挺出したように見えることがある。この場合エックス線写真では、根尖側破折片から歯冠側破折片が部分的に離れたように見えるほか、ピンセットで歯の動揺度を 検査すると、動揺の支点が短いことが特徴となる。歯冠側破折片と根尖側破折片が分離して いない場合には、これらの特徴を示さないことが多い。乳歯の場合、エックス線写真では破 折線が後続永久歯の為に不明瞭となりやすい

治療目的:歯根膜線維と歯髄血管の断裂を治癒させ、歯の審美性と機能をもとの状態に保つために、出 来るだけ早く歯冠側破折片を解剖学的に正しい位置に戻し、固定を堅固にして安静を保つ

治 療:歯冠部破折片に転位が見られる場合には速やかに整復する。転位が見られない場合を含め、 受傷歯は隣在歯を固定源として2~3か月間堅固に固定する。根管歯髄の壊死の徴候が現れ るまで根管治療はしない。根管治療の適応となった場合でも、歯冠側破折片の根管治療にと どめ、根尖側破折片の歯髄の除去はしない

経過観察:1,2,3、6,12 か月後に予後を確認する

予 後:受傷時の歯根形成段階と歯冠側破折片の転位の程度が予後を左右する要素になると考えられ る。合併症の頻度は受傷の程度に相関するが、歯髄処置の必要性が生じたかを確認するため に全ての症例で頻繁な経過観察が必要である


2)歯冠・歯根破折

定 義:破折線が歯冠から解剖的歯頸線を含み、歯根に達している破折。エナメル質、象牙質、セメ ント質を含む破折であり、歯髄まで達している場合と達していない場合がある

診 断:臨床的には破折は歯冠で確認できる。破折片が動揺している場合は通常痛みが強い 治療目的:歯髄の生活力を維持し、正常な外観と機能を回復する

治 療:歯肉縁下に及ぶ破折の程度と型により治療法を決定する。歯冠部歯髄まで達している場合は 歯冠破折の3)の治療法に準じて対応する。歯肉縁下深部におよぶ場合は歯の保存が難しく なる

経過観察:1、2、3、6、12 か月後か、あるいは治療の状況により決定する 予 後:歯肉縁下に及ぶ破折の程度と型により予後が左右される

脱 臼

1)震 盪

定 義:異常な動揺や歯の転位を伴わない、歯の支持組織への外傷。歯根膜の断裂はないが、内出血はある

診 断:視診およびエックス線診で異常は認められないが、打診への反応がある

治療目的:歯周組織の治癒と歯髄生活力の維持

治 療:経過観察する 経過観察:1および3か月後に予後を確認する。その後少なくとも1年間は経過を観察する

予 後:
(1) 根未完成歯:根未完成歯での合併症は稀である
(2) 根完成歯 :根尖孔付近で歯の栄養血管が断裂する可能性がある。血流が遮断されると歯髄は 壊死し、歯は変色する。歯髄壊死の徴候が現れたら根管治療を行う


2)亜脱臼

定 義:歯の転位はないが、明らかな動揺を伴う歯周組織への外傷。歯根膜の一部に断裂がある

診 断:エックス線診で異常な所見はないが、動揺は生理的範囲を超える。歯肉溝からの出血を伴う 場合と、伴わない場合がある

治療目的:歯周組織と歯髄血管の断裂を治癒させるため、歯の安静を保つ

治 療:通常、固定は必要ないが、咀嚼時に疼痛がある場合には 10~14 日間固定する

経過観察:1および3か月後に予後を確認する。その後少なくとも1年間は経過を観察する

予 後:根尖孔付近で歯の栄養血管が断裂する可能性がある。断裂した場合、歯髄は壊死し、歯は変 色する。歯髄壊死の徴候が現れたら根管治療を行う

3)側方脱臼

定 義:歯の歯軸方向以外への転位

診 断:視診およびエックス線診で正常な位置から転位したように見える

治療目的:
1.永久歯:歯根膜線維と歯髄血管の断裂を治癒させ、審美性と機能をもとの状態に保つため に、可能な限り早く歯を正しい位置に戻し、安静を保つ。整復は弱い力でゆっくり行 う
2.乳 歯:外傷が重度であったり、交換期が近い歯でなければ、元の位置に戻して治癒を期待す る

治 療:局所麻酔下に整復し、10~14 日間固定する 経過観察:1および3か月後に予後を確認する。その後少なくとも1年間は経過を観察する

予 後:受傷時の歯根の形成段階が予後を決定する重要な要素になると考えられる。歯根形成が完成 していない歯は歯髄生活力が高い。合併症の頻度は受傷の程度に相関がある。歯髄壊死の徴 候が現れたら根管治療を行う


4)陥 入

定 義:歯の根尖方向への転位

診 断:臨床的には歯が短くなったように見える。あるいは重症の場合には脱落したように見えるこ とが多い。エックス線写真では歯は根尖側に転位し、歯根膜腔の連続性がないように見える。

乳歯の場合は後継永久歯歯槽硬線との位置関係の判定が必要不可欠である

治療目的:
1.永久歯:歯根膜線維と歯髄血管の断裂を治癒させ、審美性と機能をもとの状態に保つために、歯を正しい位置に戻し、安静を保つ。根未完成歯の場合は自然再萌出を待つ
2.乳 歯:形成中の後継歯胚を障害している場合、あるいは転位が著しい場合を除いて、自然再 萌出を待つ

治 療:
1. 永久歯:根完成歯では整復後、骨の治癒をはかるため6週間固定する。この場合、歯髄栄養血 管の断裂が生じるので、固定開始から10日以後に予防的根管治療を行う。根未完成 歯では歯髄の治癒力と再萌出を期待し、経過観察する。歯髄壊死の徴候が現れたら根 管治療を行う
2. 乳 歯:乳歯では歯髄の治癒力と自然再萌出を期待し、経過観察する 経過観察:1,2,3、6,12 か月後に再萌出と合併症の確認を行う
予 後:受傷時の歯根の形成段階が予後を決定する重要な要素になると考えられる。根尖閉鎖した永 久歯の場合、歯髄壊死がほぼ確実に起こり、歯根吸収の頻度も高い

5)挺 出

定 義:歯の切縁方向への転位

診 断:臨床的には歯が伸びたように見え、動揺する。エックス線写真では歯が歯槽から部分的に離 れたように見え、根尖部で歯根膜腔の幅が拡大する

治療目的:
1.永久歯:歯根膜線維と歯髄血管の断裂を治癒させ、審美性と機能をもとの状態に保つために、 可能な限り早く歯を正しい位置に整復し、安静を保つ。整復は弱い力でゆっくり行う
2. 乳 歯:外傷が重度であったり交換期が近い歯でなければ、元の位置に整復して治癒を期待す る

治 療:整復し、10~14 日間固定する 経過観察:1および3か月後に予後を確認する。その後少なくとも1年間は経過を観察する

予 後:受傷時の歯根の形成段階が予後を決定する重要な要素になると考えられる。根未完成歯は歯 髄生活力が高い。合併症の頻度は受傷の程度に相関がある

6)完全脱臼(脱落)

定 義:歯槽からの歯の完全な脱離

診 断:臨床的診察およびレントゲン診査において歯が歯槽内に存在しない 治療目的:歯根膜線維と歯髄血管の断裂を治癒させ、審美性と機能をもとの状態に保つために、可能な限り早く歯を正しい位置に戻し、安静を保つ。ただし全身状態不良の場合や、脱落歯をもと もと支えていた支持組織に感染がある場合は再植は禁忌である。乳歯が脱落した場合、再植 処置によって発育中の後継永久歯が損傷される危険性がある場合は再植しない

治 療:整復し、10~14 日間固定する
根完成歯は歯髄の生存が期待できないので、再植後 10 日以後に予防的根管治療を行う 経過観察:1、2、3、6、12 か月後に歯髄と歯根膜の治癒を評価する。その後定期的に3〜4年は経過を観察する

予 後:受傷時の歯根形成段階、歯根膜の損傷程度、脱落歯が歯槽骨外におかれていた条件と時間、 そして脱落歯の保存用溶液が再植の予後を決定する重要な要素になる。永久歯が完全脱臼し た場合には、予後は歯槽骨外におかれていた条件と時間に直接相関する。もし歯を直ちに再 植できないときには、歯根膜線維の生活力の維持に効果がある溶液中に保存するべきである。
脱落歯の保存用溶液には以下のようなものがある
(望ましい順) 移植臓器輸送用溶液(Viaspan など)
細胞培養用培地(Hank’s Balanced Salt Solution、“歯の保存液”など) 冷たいミルク(ロングライフミルクや低脂肪乳を除く)
生理的食塩水 その他に配慮すべきこと;
以下の場合には歯の再植が禁忌になる可能性がある
・免疫不全な状態
・重度の先天性心奇形
・重度のコントロールがされていない痙攣発作
・重度の心身障害
・重度のコントロールされていない糖尿病
・歯槽の状態が健全でない場合

 

[歯の外傷に伴う歯槽骨骨折]

定 義:歯の側方脱臼等に伴う歯槽突起の一部骨折

診 断:動揺度の検査で2歯以上の歯が同時に動く。歯肉に裂傷、血腫を伴う事が多い。エックス線 学的には多くの場合に骨折線の判別は困難である

治療目的:歯槽骨の形態と機能をもとの状態に保つため、可能な限り正しい位置に戻し、安静を保つ。 このことによって歯を支える歯周組織の損傷を治癒させる

治 療:骨片をもとの位置に戻す。必要があれば軟組織を縫合する。矯正用ワイヤー(φ 0.7 mm 以 上)あるいは arch bar とレジンによる歯列固定を6週間行う
経過観察:骨折が治癒すれば、経過観察の必要性は低い。腐骨が生じると6週以後も歯肉に発赤・腫脹 が残り、歯周膿瘍が見られる

予 後:歯髄壊死の原因となる要因は、骨折部の整復の遅れである。歯周組織の治癒は適切な整復が なされれば、殆ど影響されない

[外傷歯の固定]

1. 外傷歯を固定するためには副子が必要となる。望ましい副子の条件は以下のとおりである
 ・矯正力ではなく、受動的な力が作用する
 ・生理的な動揺を許容する(歯根破折がある場合はより堅固にする)
 ・軟組織に為害性がない
 ・咬合に影響を与えない
 ・歯内療法が行える
 ・清掃性がよい
 ・簡単に除去できる

2. 副子を装着された患者には、次のような指導が必要である。
 ・固定してある歯で強く咬まない
 ・口腔清掃に気を遣う
 ・副子を壊したり、なくしたりしたときにはすぐに連絡をする
 ・含嗽剤や抗菌剤が処方された場合は指示とおりに使用/服用する

[参考文献]

1. American Academy of Pediatric Dentistry.: Guideline on Management of Acute
Dental Trauma, 2001
2. Andreasen JO, Andreasen FM.: Essentials of Traumatic Injuries to the Teeth.
Munksgaard, Copenhagen, 1990
3. 木村光孝、高木裕三、香西克之、朝田芳信(編):乳歯列期における外傷歯の診断と治療.クイン テッセンス出版株式会社、東京、2005
4. 松本光吉:アトラス 外傷歯の治療学. 医歯薬出版株式会社、東京、1990
5. 日本小児歯科学会. 小児の歯の外傷の実態調査. 小児歯科学雑誌 34 卷1号:1-20, 1996

外傷歯のアセスメント用紙


 


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